「内と外」を越境する、これからのストリートアート|大山エンリコイサム × 寄本健

「渋谷ファッションウィーク2025春」との共催企画として開催された『Bunkamuraの未来を照らす新しいアート体験 2025』。その関連イベントとしてアーティストトーク&パフォーマンスイベントも実施された。

「Bunkamura発。都市の未来へのアートの問い」と題して行われたトークセッションでは、ARTnews Japan編集長の名古摩耶をモデレーターに、美術家の大山エンリコイサムと、東急株式会社の寄本健が登壇し、渋谷の街におけるアートの可能性について語り合った。

東急百貨店本店跡地に面した、一時休館中のBunkamuraの外壁に大型壁画《FFIGURATI #652》を制作した大山は、長年にわたりストリートアートの影響を受けつつも独自の表現「クイックターン・ストラクチャー(QTS)」を展開してきたアーティストだ。一方の寄本は、東急株式会社でBunkamuraのアート事業や渋谷ファッションウィークを担当する立場から、都市開発とアートの関係を考え続けている。二人の対話からは、大規模開発が進む渋谷において、街の「内と外」を越境するアートの新たな可能性が浮かび上がる。

都市空間にかく。制約とダイナミズムの狭間で

大山の制作は当初、東急百貨店本店解体にともない、Bunkamura館内で展示する提案がなされたと、寄本は大山への依頼の経緯を語る。

「しかし、大山さんの過去の活動や作品を鑑みれば、「それではすまないだろう、という思いは、みんなのなかにあったように思います(笑)」

寄本健(東急株式会社)

そんな寄本の予想通り、大山がキャンバスに選んだのはBunkamuraの外壁であった。《FFIGURATI #652》の制作は、大山にとっても普段とは異なる挑戦だったという。

「壁画を制作する場合、足場を組んで下から上に登ってかくことが多いです。しかし今回は隣の敷地で別の工事をやっていたため、導線の関係から足場は組めませんでした。そこで建物の上部からゴンドラを吊るして制作しました。足元が揺れるなか、壁面に向かって精度の高い作業を長時間続ける作業は、シンプルに難易度が高かったですね」

公共空間における作品のあり方について問われた大山。その作風は、政治的なメッセージや自身の思想をともなうというより、形体やコンポジション、リズムによって空間のゆらぎを生むことを特徴とする。

「そのうえで、場に備わっている条件もふくめたコンテクストを読み解き、新しい風景やダイナミズムを創出することを考えています。《FFIGURATI #652》は約20メートルほどの大きな作品ですが、遠くから見ると、立ち並ぶビルや道路標識など、都市景観のさまざまな要素の一部としてある。そのとき、作品が複雑すぎると風景に沈んでしまうし、単純すぎると記号というかサインのようになって、ダイナミズムを失ってしまう。そのバランスには慎重に取り組みました」

大山エンリコイサム(美術家)

興味深いのは、この壁画作品の未来だ。隣の敷地で建設が進むビルが完成に近づくほど、段階的に大山の作品は隠れていく。さらにその先の未来で、いつか隣のビルが解体されるときには、ふたたび姿を現すかもしれない。最終的にどのような見え方になるのか、誰にもわからない。そんな想像力を大山は巡らせる。

「アートは、同時代の観客や社会だけを想定してるわけではありません。ずっと先の未来において、僕らが想定しない誰かに届くかもしれない。そうしたイメージを抱きながら、長く残ることを念頭において作品を制作しています」

都市の新陳代謝とアートの記憶

大山はストリートアートに影響を受けながら、「クイックターン・ストラクチャー」という独自の表現を構築し、ニューヨークを拠点に創作を続けてきた。東横線沿線で育ち、高校時代は渋谷を通学路としていた彼にとって、この街は多感な思春期に文化的関心を広げていった場所でもある。当時を振り返り、大山は、街の隙間に残されたさまざまな表現の痕跡についての記憶を語る。

「ちょうどBunkamuraからハンズに向かう途中に大きめの駐車場があるんです。そこの壁にストリートアートがあるのですが、それを隠すように自動販売機が6台も並んでいるんですね。自動販売機と自動販売機の隙間からアートが見えていて。僕が高校生のときからあるけれども、作者はいまだにわからないままです」

大山は、ストリートがメディアであることを示唆している。都市の隙間で、無意識に目撃した記憶、堆積した個人的なイメージが、渋谷というパブリックな記憶と接続され、ひとつの像を結ぶこと。今回の作品《FFIGURATI #652》にはそうした感覚があると、大山は続ける。今回はさらに、大山スタジオが渋谷で開室予定のストリートアートの資料室「LGSA by EIOS」が企画した小展示「資料でひもとくストリート LGSA by EIOSの視点から」がBunkamura地下1階の音楽スタジオで開催される。これもまた、渋谷がひとつのメディアであることを伝える貴重な試みである。

想像力によって、ルールの外側へとはみ出す

都市におけるさまざまな表現者は、都市に存在する余白、あるいは隙間を見つけては、自由にゲリラ的に表現活動を行っていく。都市の新陳代謝が生むダイナミズムがある一方で、開発によって立ち消え、隙間そのものもが失われていくのではないか。そんな問いも、常に存在する。それに対して寄本は、次のように応える。

「デベロッパーが街を開発するとき、高い建物を整備するから歩道を拡幅しましょう、緑地をつくりましょう。そんな風に街をデザインしていく。しかし、そうした意図的に用意されたステージは、余白とはいえないような気がします。そこで我々が行うべきなのは、アーティストやクリエイターにとって活躍の場となる隙間を、一緒に探していくことなのだと思います」

大山は、その言葉に呼応。ストリートアートの研究者でもある彼は、独自の視点でストリートアートの可能性をひも解く。

「これまで語られてきたストリートアートの魅力は、行政やデベロッパーといった決定権をもつ立場の人たちがデザインした街の構造や仕組みに対し、その管理から逃れた隙間を見出し、組み換えていくというものです。よりはっきり言えば、違法性をともなって発展してきた面があります。しかし、いまやストリートアートは文化や産業として大きくなり、それ自体が制度性を帯びつつあるようにも思います。もはや行政、デベロッパー、アートのうち、どれがより自由とは一概には言えない時代です。そうしたなか、きちんと条例やルールを守りながら、物事を動かせる人たちと、独自の視点をもつアーティストが協働し、ともに空間を読み替えていく。あるいは一時的に別の空間を創出させていく。そうした可能性が、これからのストリートアートに期待されると思います」

大山は《FFIGURATI #652》を制作するにあたり、建物の外壁に設置できるアートの面積を定めた条例を踏まえる必要があった。同作はこのレギュレーションを逸脱していない。一方で、作品を追う視線のリズムは、壁を越えて空へとつながっていく。物理的には条例の定めたサイズに収めながら、作品を鑑賞するという経験、またはそこから引き出される想像力は、空という無限のキャンバスに放たれていく。

「空というキャンバスは条例が定めた範囲より広い。たしかに管理の目が届かないという意味での都市の隙間は失われつつありますが、表現者はすでにある隙間を見出すだけでなく、隙間、もしくは新しい空間の創出それ自体を担うことができる。観客がルールの外側にまで想像力を広げるきっかけを提示することができる。それがアートの可能性のひとつだと思います。」

もはや外部は存在しない

ストリートアートが、ギャラリーや美術館、あるいはキャンバスといった、ある意味で制度性を帯びた領域に収まることの是非をめぐる議論は、これまで繰り返し行なわれてきたと大山は述べる。物理的にも、精神的にも、制度の外部で育まれてきた表現文化が、そうした制度のうちに移植されるとき、本質が失われるのではないか。そうした問いについて、大山は新しい視座を提示する。

「情報ネットワークによって物理空間、デジタル空間のどちらにおいても世界が細分化され、繋がり、透明化し、管理されていく。そこでは隙間は減少し、内と外という区別自体が成立しなくなるように思います。哲学者のアントニオ・ネグリは、冷戦崩壊後の世界について、もう20年以上も前に『もはや外部は存在しない』と述べています。そうした状況で、制度をその外部から批判するというジェスチャーの有効性を疑わないことは、やや素朴に過ぎるかもしれません。一方で、制度やシステムの外に出ることは難しくても、複数のそれらを行き来し、横断することで、ボーダーを一時的に揺さぶる、もしくは組み替えたり、引き直すことはできるのではないか。そこに現代の批評性があるように思います。」

寄本は、大山の作品を「ホワイトキューブの象徴であり、内なる空間である新しいミュージアムの外側に位置しつつも、当然ながら美術館に展示されるうえでも、素晴らしいミュージアムピースでもある」と表現する。美術館の内側か、その外側にあるストリート/パブリックか。開発された空間か、自然発生的な余白か。大山の《FFIGURATI #652》は、そうした二項対立を超えて、内と外の境界線に揺らぎをもたらし、渋谷という都市とアートの新たな関係性を提示する。

Bunkamuraのネーミングの背景には、あらゆる境界線、枠組みを超えて、渋谷そのものが文化の村になっていくべきだという、当時の創設者らの思いがある。《FFIGURATI #652》は、そうしたさまざまな街の分脈が埋め込まれた、Bunkamura、そして渋谷にふさわしいパブリックピースであるといえるだろう。

プロフィール

寄本健

東急株式会社
1999年入社。ホテル事業、エリア戦略策定、学童保育事業、東横線副都心線相互直通プロジェクトに携わったのち、2013年に株式会社東急文化村に出向。2018年より渋谷開発事業部にて、エリアマネジメントやブランディング、地域連携など、渋谷再開発におけるソフト面を担当。2019年より現職

大山エンリコイサム

美術家
ストリートアートの一領域であるエアロゾル・ライティングのヴィジュアルを再解釈したモティーフ「クイックターン・ストラクチャー」を起点にメディアを横断する表現を展開。イタリア人の父と日本人の母のもと、1983年に東京で生まれ、同地に育つ。2007年に慶應義塾大学卒業、2009年に東京藝術大学大学院修了。2011-12年にアジアン・カルチュラル・カウンシルの招聘でニューヨークに滞在以降、ブルックリンにスタジオを構えて制作

Text by Takuya Wada
Photographs by Kenta Shibayama

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