人とアートが集い共存する街、渋谷の新たな拠点をつくる
Point
東急による渋谷3丁目のエリアブランディングの一環として、アーティストデュオのL PACK.とともに構想された「Museum of Imaginary Narrative Arts[MINA](ミーナ)」。「イマジナリー・ナラティブ=架空の物語」をコンセプトに掲げるこの場所は、人とアート、街の日常がゆるやかに交わる新しい文化拠点である。渋谷を“消費の街”ではなく、“生み出す街”へと更新していくために、なぜいまMINAが必要だったのか。東急株式会社文化・エンターテインメント事業部でMINAを担当する荻野章太への取材をもとに、その背景と構想をたどる。
- “消費”ではなく“生み出す”街としての渋谷へ
- 渋谷3丁目エリアの特性を活かしたブランディング
- 東急の事業として必然性があるアートスペースとは
- アートと公共性
- MINAのコンセプトを各地に応用・展開していく
“消費”ではなく“生み出す”街としての渋谷へ
2026年4月、渋谷3丁目にオープンした「Museum of Imaginary Narrative Arts[MINA]」(以下、MINA)の情報解禁は、渋谷ではなく、昨年12月に東京都現代美術館(清澄白河)で開催された「TOKYO ART BOOK FAIR 2025(以下、TABF)』で行われた。初手となる広報戦略には、東急のエリアブランディングの指針が現れている。
「TABF は、出展者やお客さまたちも含めて、自分たちでものをつくっている人たちが多いイベントです。消費者というよりも、自分がつくるための素材を探しに来る、つくる人たちが集う場所。東急としては、渋谷を消費される街ではなく、常に新しい何かが生まれている、そんな街にしていきたい。それが、渋谷に対するエリアブランディングの指針のひとつになっています」
国内外から、500組以上の“つくり手”が集まり、3万人を超える来場者が訪れるTABF。MINAが志向するのは、こうした“つくり手が集まる環境”を、イベントではなく、日常の中に定着させることにある。
「MINAのプロジェクトディレクターを担当するアーティストユニットのL PACK.が、TABFの屋外飲食スペースのディレクションを担当していたこともあり、お披露目の場としてTABFが最適でした」
渋谷3丁目エリアの特性を活かしたブランディング
MINAは単体の文化施設ではなく、渋谷3丁目のエリアブランディングと連動して構想されている。開発、エリアブランディング、文化・エンターテインメントという複数の部署が関わるプロジェクトの方針は、各部署の目的を踏まえながら、L PACK.とともに方向性を議論していった。
その過程で浮かび上がってきたのが、“場所の固有性”を起点にするという考え方だった。
「渋谷3丁目のシンボルでもある金王八幡宮の存在や、その歴史を知っていく中で、”学び”というキーワードが出てきました。街のブランディングでは関係人口の拡充が重要ですが、ただ人を集めるのではなく、アートや学びを軸に“つくる人が集う”場にしていきたいという考えです」
同時に重視されたのは、専門性の高さではなく、開かれたアクセスだ。
「アートに関心のある人や、アーティストだけではなく、街の内外から来る人たちが気軽に来られる場所であることもとても大切です。アート、学び、公共性というキーワードが揃った時に、ミュージアムという言葉が自然と浮かび上がってきました」
東急の事業として必然性があるアートスペースとは
近年、企業によるアートに関連した施設は増加しているが、その多くは著名なアーティストの展示を中心とした大規模で、展示中心の構成をとる。それに対しMINAは、渋谷駅から徒歩数分という立地にありながら、“小屋”のようなスケールを選択している。そういった設計思想の背景には東急という企業の特性がある。
「東急グループは鉄道や不動産のほか文化芸術の劇場〈Bunkamura〉から駅の立ち食いそば〈渋そば〉まで展開していますし、電力会社、病院、介護施設、学童…そういった生活にまつわるあらゆる事業を行なっています。そういう僕たちがつくるアートスペースはどうあるべきか? ということは常に意識しています」
さらに荻野の個人的な経験も、この場のあり方に影響を与えている。
「前職で発達障害をもった子どもたちが通う幼稚園を運営していたので、当時の子どもたちの顔も浮かびますし、これまで自分が関わってきたあらゆる人たちが集える場所にできているかが場づくりの基準としてあります。そうした感覚も含めて、LPACK.と共有できているので、彼らとならつくれるという信頼がありました」
アートと公共性
MINAの特徴を決定づけているのが、「カフェ」という要素である。それはミュージアムの付属機能としてではなく、空間の成立条件そのものに関わっている。
「MINAは、作品だけが主役ではなく、訪れる人も心地よくいられることを大切にしています。ライティングひとつとっても、作品を主役にするなら、作品の色を識別できるようにホワイトキューブのように真っ白な光にしますが、カフェという空間を考えると緊張感が出過ぎてしまいます。あえて少し暖色のある光にして、壁紙もそれに合わせているんです」
MINAにおける公共性とは、制度的なものではなく、誰もが無理なくそこにいられる状態そのものを指している。
「コーヒーを1杯頼んでつくれる自分の居場所というのは、やわらかい公共性につながると思っています。また、アート作品が主役の場所ではなく、人も、アート作品も心地よくいられる場所にしたかったので」
この“やわらかい公共性”という感覚は、空間の細部にも及んでいる。
「MINAをつくるにあたって、周辺に住まわれている地権者さんや地域住民の方々、街の関係者と会話してきました。中には80代の方もいますが、その方々も気軽に来られる場所になっているか、ということは常に頭にあります。空間だけでなく、メニューやコーヒーの味も含めて全てです。
カフェに来たらまずメニューを手にとると思うので、『COFFEE TABLE BOOK』としてメニューと一体化したフリーマガジンをつくりました。そこに作品のコンセプトや制作背景などを掲載すれば、メニューを見る流れで興味を持ってもらえるかもしれない。そんな風に、アートを主役にするのではなく、人、食、食器や植栽など、この空間にあるものを通じて、アートへの入り口がそっと開かれるイメージを持っています」
MINAのコンセプトを各地に応用・展開していく
渋谷3丁目という土地の固有性から立ち上がったMINAだが、その取り組みは、特定の場所に閉じたものではない。むしろ、そのコンセプト自体によって、他地域への展開を可能としている。
「MINAというコンセプトをもって、場所や土地にあわせてカスタマイズしながら、そこに似合うMINAを増やしていきたい。そうやってMINAのコンセプトが形を変えて活きていくといいなと思っています」
最終的に目指しているのは、価値観そのものへの働きかけだ。
「アートを通じて、あらゆるものに対しての“こうあるべき”という既成概念、思い込み、偏見、差別など凝り固まった考えを少しでも減らしていきたいと思っています。アート作品は、そういう既成概念を崩してきた人たちがつくり上げてきたものです。そういった作品が自分のすぐそばにあって、それが視界に入るだけで、十分価値のあることだと思います。ここにはいろんな生き方がある、そういった景色をこの渋谷という土地、社会の中で提示することができる。MINAをそんな場所にしていきたいです」
Photo:Kentaro Kase