愛と美を、わたしたちが見失わないように|高木由利子 × 高橋悠介

Point

渋谷ファッションウィーク2026春のプログラムの写真展「Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」の関連トークセッション。写真家・高木由利子とCFCL代表兼クリエイティブディレクター・高橋悠介による13年にわたるコラボレーションを起点に、服と身体、社会と美の関係が語られました。

  • 渋谷ファッションウィーク2026春のプログラムとして開催
  • 「ISSEY MIYAKE」のプロジェクトが両者の起点
  • 服を産業としてではなく、人間の身体と存在に根ざすものとして問い直す視点
  • CFCLの『Emotion in Motion』を通じた現在進行形のコラボ
  • 「美とは何か」という問いへの対話

アイスランドから始まった13年

高橋が三宅デザイン事務所に在籍していた2013年、企画展「MIYAKE ISSEY展: 三宅一生の仕事」の開催と写真集『ISSEY MIYAKE 三宅一生』(TASCHEN)の刊行に合わせた撮り下ろしのため、高橋は高木とともにアイスランドへ渡った。ふたりの初セッションは、この10日間に及ぶ過酷なロケ撮影に遡る。

高木によれば、1970年代のイッセイミヤケのアーカイブ作品を屋外で撮影するこのロケは「人生で1、2を争う大変な撮影」だった。早朝から夜9時まで撮影が続き、1日の睡眠は4時間ほど。アイスランドの雨が降り続くなか、ウール100%のアーカイブ作品は水を吸って、1人では持てないほどの重量になった。そんな極限状態のなかでの実感を、高橋は振り返る。

「しかし、撮影とともにアーカイブの年代が進むにつれ、衣服のイノベーションを実感していくんです。軽くて、すぐ乾き、しわも気にせずたためるようになっていく。高木さんとはじめて撮影をともにしたときのこの体験に、大きな影響を受けています。コレクションブランドから発表されている服の中には、店頭で買ったときは綺麗だけれども、そのあとのケアが非常に大変なものも存在します。着る人の日常のもとへ旅立ったあとまでを想像して、衣服を考えること。それが『Clothing for Contemporary Life(現代生活のための衣服)』というCFCLのブランド名やデザイン思想につながっているんです」(高橋)

「白い布」が問いかけたこと

高橋がCFCLを立ち上げたのは、2020年のことだ。ファッションが汚染産業として位置づけられはじめ、ファストファッションによる大量廃棄が問題視されていた時期と重なる。そのタイミングで、あえて衣服のブランドを起こすことへの葛藤が高橋にはあった。

「こんなに服が余っている時代に、自分の美意識を反映しただけの服はもういらないんじゃないか。社会のためになるものをつくりたい、そう思ったんです」(高橋)

その問いの背景には、三宅デザイン事務所でISSEY MIYAKE MENのデザイナーとしてパリコレなどのファッションショーに臨んでいた2016年以降の経験がある。「まだ若く、意気揚々だった」という当時の高橋は、コレクションで存在感を示すことに腐心し、どこか消耗していたと言う。つくったものも、どこか納得してもらえない。そんな挫折を感じていたときにひとりで渡ったインドのバラナシで、高橋にとって大きな出来事があった。

「目にしたのは、ただ白い布を巻いただけの沐浴に勤しむ人々の姿でした。彼らは、パリコレともコレクションブランドとも無縁。でも、ただただ美しくて、力強いんですよ。これには到底叶わないと思った。そこに本質を見たような気がして、コレクションのテーマ探しの旅に執着するのはやめよう、と。自身のエゴになっていないか?社会と向き合えているのか?三宅さんから常に問われていたことの意味が少し理解できた瞬間でした」(高橋)

CFCLのコレクションの発表ペースはしばしば周囲にも驚かれると言う高橋。しかし、変化の速度が増す現代社会を投影した更新を探求していけば、必然的にそうしたスピード感にも違和感はない。CFCLは、主に再生ポリエステルを活用し、3Dコンピューター・ニッティングの技術を駆使したアイテムを展開している。透明性の高い原料調達におけるトレーサビリティ向上にも取り組み、こうした試みは「社会と向き合う」という高橋(そして三宅の)思想の延長線上にあるものだ。

同時に、日常的に洗濯が可能で速乾性のある高い機能性と、彫刻のような立体フォルム、何より着る者の日常とオケージョナルの非日常の両立するCFCLの衣服は、高木が追求してきた「Wild and Elegance( = Beauty)」というテーマと重なる。

「CFCLのワンピースはパジャマとして使ってもシワが寄らないし着崩れしない。スーツケースに丸めて詰め込める。それでいてエレガントだから、夜、そのままパーティーにも繰り出せる。日常に寄り添った野生とエレガンスを備えていて、現代版の新しいプリーツ プリーズなんじゃないか。そう思わせてくれるんです」(高木)

西洋化を超える"同時多発的服飾"

高木と高橋のセッションは「場所性」というテーマにも及んだ。ふたりの対話は、今回の「Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」が開催されているBunkamura ザ・ミュージアムが位置する、渋谷を舞台にしている。会場の世界各地の民族の装いを収めた〈Threads of Beauty〉シリーズと、渋谷の風景を並べた映像作品《同時多発的服飾 Parallel Styles: Shibuya×The Other Side》も、渋谷と世界各地の人々を対比したものだ。

同作品に現れる写真の一方は、高木が2000年代初頭の渋谷のスクランブル交差点で撮影したもの。渋谷の若者たちと世界の民族が、同じ時代を生きる存在として並置されるこの作品で高木が発見したのは、渋谷、そして世界各国の場所が持つ固有の美意識の強度と、そこに通底する何かだった。

「渋谷の人々がもつ独自のスタイルを、世界の民族の装いと並列すると、とても対等な美しさだと感じるんです。同時期に撮っているので、民族の写真は、よくある古い記録写真ではないことが際立つ。それと同時に、渋谷の再発見にもなる。まったく異なるスタイルが同時多発的に並ぶことで、世界に通じる何かしらの『美の共通点』が浮かび上がった。それがとても面白いと感じています」(高木)

高橋もまた、CFCLの服づくりのなかで場所性を強く意識してきたと言う。ネックラインの開き方、ウエストの見せ方、色やスタイルの好みは国や地域によって大きく異なるからだ。

「『1着でさまざまななシーンで地続きに着ることができる』というコンセプトは、『そもそもシチュエーションごとに着替えるもの』というヨーロッパの文化的前提にぶつかることもあります。地域ごとの固有性に根差したデザインには尽力しつつも、場所性を超える美しさのあり方は、考え続けているテーマです」(高橋)

こうした議論からは、現代のファッションをめぐる構造への共通した問題意識も浮かび上がってくる。高木は次のように語る。

「ファッションに起きているグローバル化とは、実際のところは西洋化なんです。そこに東洋はない。例えばカンヌの映画祭をみてると、ほとんどのセレブたちが同じような服を着ているでしょう。とても画一的だし、世界の美意識は実はとても遅れている。そう思ってしまうんですね。そうしたなかに、CFCLのような思想をもった衣服をまとうスターが現れて、もっと同時多発的に幅広い美の価値観が広まっていったら。そこにワクワクしますよね」(高木)

場所ごとの固有性や同時多発性を追求する一方で、CFCLのプロジェクトとして2人がいまもコラボレーションし続けている「Emotion in Motion」が意図的に排除したのも、その場所性だった点は非常に興味深い。伸縮性に富み、普遍的なシルエットを持つCFCLのニットを着た、さまざまなアスリートや表現者を映し出す同シリーズ。そこでは、「どの場所で撮ったか意図的にわからないようにした」と高木が言うように、どこで撮ったかではなく、動きそのものを切り取ることに主眼を置いた。そして「結構危険なチャレンジだった」とも、高木は続ける。

「あまりやったことのないことでしたから。でも、自分のスタイルをコピーしだしたら終わりでしょう?危険な要素、うまくいかないかもしれないという不安がないと、つまらないじゃない」(高木)

愛を見失わないように

30年にわたって世界を旅し、装いを通じて人間の存在を撮り続けてきた高木。社会と向き合いながら服をつくり続けてきた高橋。セッションの最後にふたりに問われたのは、「美とは何か」という根本的な問いだった。

「何を美しいと感じるかは固有のものです。『これが美でこれはそうではない』とは言えない。しかし、何世代、何千年と受け継がれる、あるいは次の世代に受け継いでいきたいと思う普遍的な美しさがあり、何を残すか、残さなくていいか、という選択が繰り返されることで、美意識の更新や断絶が起きてきたのがわたしたちが歩んできた世界の歴史です。そうしたなかでは、やはり人間の根源的な営みの延長に美が宿るのだと思います」(高橋)

こうした言葉を受けて高木から語られたのは、より切実な問いだ。情報過多となり、不安定な時代に突入した現代では、美はインスタントにシェアされ消費される対象になっている。自分だけの美に対する意識や感覚をもつことが、かつてないほど難しくなってもいる。

「美しさには愛が含まれているし、愛のないものに美しさはない。でも、愛というごく主観的な感情をもつことが、難しくなってもいる。特に、世界が非常に混乱していくなかでは、自分にとっての美とは何か、幸せとは何かという問いに行き着くんです。そうした状況において、この展覧会に足を運んだ方々にとって、少しでもその問いを持ち帰るきっかけになってほしい。そう願って止みません」(高木)

プロフィール

高橋悠

CFCL 代表兼クリエイティブディレクター
1985年生まれ。文化ファッション大学院大学修了後、2010年株式会社三宅デザイン事務所入社。2013年にISSEY MIYAKE MENのデザイナーに就任し、6年にわたりチームを率いる。2020年同社を退社後、株式会社CFCLを設立。2021年第39回毎日ファッション大賞 新人賞・資生堂奨励賞及びFASHION PRIZE OF TOKYO 2022を受賞。2022年よりパリ・ファッションウィークに参加。2024年Vogue Business 100 Innovators: Sustainability thought leaders、2025年The BoF 500 of Class 2025の1人として選出された。

高木由利子

写真家
東京生まれ。武蔵野美術大学にてグラフィックデザイン、イギリスの Trent Polytechnic にてファションデザインを学んだ後、写真家として独自の視点から衣服や人体を通して「人の存在」を撮り続ける。近年は自然現象の不可思議にも深い興味を持ち、〈chaoscosmos〉といったプロジェクト含め新たなアプローチに挑戦し続けている。